久々にいい出会いがあった。
いい映画との出会い。
二人の若い男女が異国で知り合うってそれだけで、
何でもできてしまえて、お互いに惹かれあう。
朝になって帰国するまでのたった一夜で
見ず知らずの他人から
生涯忘れられない人になってしまう。
なぜ、人は恋をするんだろう。
ある人に出会って、恋をして、
時間を共にし、体が触れ合うと、
一人でいるときも
その人と過ごしたことが、頭から離れない。
ずっと一緒にいたいと、心から思う。
でも、出会いがどんなにドラマチックでも、
ずっと一緒に過ごしてみると、うまくいくとは限らない。
相手の嫌なところが目に付いて、こんなはずじゃなかったのに、と
嫌いあうようになるかもしれない。
一夜のきれいな思い出として
自分の心にしまっておくほうがいいかもしれない。
感情だけでは、人生は共に過ごせない。
でも、もし明日、自分と好きな人、二人が同時に死んでしまうとしたら?
もし明日、この世が破滅するとわかっていたら?
極端すぎる話だけど、きっと違う行動に出るだろう。
ただ感情の赴くままに、自分が一番したいことをしてその日、または人生を終えるだろう。
みんないつか死ぬけど、みんなそれがいつなのかはわからない。
だから、感情だけでは動けないんだろう。
皮肉な現実。
自分はまだ、感情を優先し、夢を見ていていい年なのだろうか。
そんな非効率的なものは忘れて、堅実に生きなければいけないのだろうか。
きっと年齢制限なんてなくて、正解・不正解もない。
ただ、人生の儚さに感動し、虚しくなった。
SATCのキャリーは、誰かと恋に落ちて幸せになると、
何か物足りないものを感じてイヤになるらしい。
なんか、わかるかも。
ないものねだりの気持ち。
人間には何段階か、欲求の段階があり、
生命の安全や、職場など所属への欲求が満たされると、
それだけでは物足りなく、もっと「何かがほしい」と考えるそう。
健康な証拠だけど、自分は何を欲しているのか。
自分にしかわからないことだけど、
欲求だけでは動けない現実もあるのだ。
んー悩める、迷える、
秋の長夜。
もう秋も終わりかな。
土曜には、嵐山へ、秋を探しに行きますよ!
わんわん
スポーツって、すごいと思う。
鬱々とした気持ちを晴れやかにして、前向きにさせてくれる。
心機一転という意味では、睡眠よりも効果がありそう。
仕事終わりにジムへ行って、筋トレ→30分ランニング→サウナ→お風呂の黄金コース。
今日は寒い風が一日中ふいていたけど、ジムには自分の体を磨きに来た人で溢れていた。
人の目って、いい意味でも効果があるよね。
人が見てるからってわけじゃないけど、みんな頑張ってると、自分もそれに乗せられてパワーがみなぎってくる感じ。
ランニングマシンで走りながらバレーボールの日韓戦を見てたら、自分も立派なスポーツマンのような気持ちになるからすごい。
必死で画面に食いついているうちに、すぐに30分経過…
体は火照り、たっぷりの汗が気持ちよかった。
それからお風呂で丁寧に自分の体を洗い、全身にボディークリームをすり込んだ。
体を動かして汗を流すと、自然と体をいたわろうという気持ちになった。
そしたらやっぱりお肌も応えてくれる。
こんな日は、家中も綺麗にしていたいし、洗濯物もお皿も全部片付いていないと落ち着かない!
もうほんと、目からウロコ並みの衝撃。
気持ちいい、清潔なシーツと暖かなお布団たちに囲まれて、いい眠りにつけそう!
スポーツの秋、といわず、ずっと続けていきたい習慣である。
自分で言うのは何だけど、私は自分が割とさっぱりした性格だと思う。
でも、秋が私をおかしくしているのか、
最近異常に嫉妬深い、というか、ネチネチした性格になっているような気がする。
それとも、どこかで「秋は人を嫉妬深くする」という記事を読んだせいなのか。
なんで、人は嫉妬するんだろう。
友人へのライバル心とか、恋人への執着心とか、、
あんまりポジティブな感情じゃないのは間違いない。
カラッと開放的な夏が終わって、もの寂しくなるからか。
寒い空気にふれて心が敏感になっているからか。
それとも秋の終わり、濡れ落ち葉みたいに誰かにぴっとりくっつきたくなるから??
どれもありそうだけど、私もちゃっかり季節の恩恵を受けているから悲しくなる。
無駄な嫉妬は、精神的に苦しいだけで疲れるし
相手にもネガティブなパワーをぶつけてしまうから
いいことなんてない。
もう一回、自分の選んだ周りの人を信じてみよう。
それは、周りの付き合う人を選んだ、自分の判断力を信じてあげることでもあると思う。
ラクーに肩の力を抜いて、自分のために自分の時間をつかおう。